ボタモの大学生活日記

大学生活6年予定。大学3つ。トビタテ生×編入×留学。

貧困家庭の子どもが大学進学するまでに考えること

貧乏だった幼少期

こんにちは。ボタモです。

 

日本でも海外でも大学に通っていると考えるのが、周りとの金銭感覚のズレ。

やはり、大学に通うのはある程度裕福な家庭なのだとしみじみと考えさせられたりします。それは後ほど、、、

 

とりあえず、先進国日本で生活していて”貧乏”っていうけど、どれくらい貧乏だったとの?

 

どうせ、親がおもちゃ買ってくれないだったり、塾に行けないくらいでしょ?

 

 

 

いやいやいや!!(笑)

どれくらいかというと、

 

 

・家に電気が通ってない

・夜は蝋燭で生活

・ガスが止まっているため卓上コンロで生活

・基本味噌汁の具はなし(豆腐が入ってたらごちそう)

・もやし鍋(もやししか入ってない)

 

 

私が生まれた1996年くらいから小2くらいまでこんな生活でした。

ちなみに、下に2人弟がいるんですが末っ子はギリギリ貧乏時代を経験することなく、育ったので本当に良かったなと思います。

 

 

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なんで、こんな悲しい生活をしていたのかというと、父親が会社経営をしており、その会社が上手くまわっていなかったためです。

そのせいで、父親は借金まみれ、取り立て屋が家にくることもたびたびありました。

いつも家はカオスで、イライラが蔓延して出るのはお金の話ばかり。

入学費用はどうするの?学校の備品はどうするの?PTA費の集金は?修学旅行は?

 

 

 貧困の連鎖

貧乏な親の子どもは貧乏。金持ちの親の子どもは金持ち。

 

金持ちのやつらは、金持ちになれていいけど、貧乏の家の子は貧乏人のまま生きていかないといけないのか?それって不公平じゃない?

生まれたときにもう決まってるじゃん。

 

ここに、貧困の悪循環という言葉がある。(Wikipedia参照)

貧しい家族は少なくとも3世代以上の貧困状態の罠に陥るという事で定義された。そういった家族には貧困脱出の助けとなる知的・社会的・文化資本をもつ祖先がいなくなっているため、貧困から脱出するのには長い時間がかかる。

 本当に知的・社会的・文化資本を持っている人が周りに少なかった。

 

私の場合、

唯一母方の祖父が学のある人で、いろいろ教えてくれたから今の私が存在する。

加えて、親が払えないので祖父がほとんど塾代だったり、学費だったりを払ってくれて最終的には家を出て祖父母と暮らしているから、もう孫というより子になっている。

 

それでも、大学進学の時は相当悩んだ。

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大学進学を阻む壁

私は、中学から中高一貫校の私立に通わせてもらった。県内で1番学費が安く(入学当初)、東大生も何人か出すような進学校だった。

もともと頭は良い方だったので、高校から特進科で高3の頃は文系内だと学年10位以内には入るような生徒だった。当然、担任の先生も大学進学を進めてきた。

 

それでも、最後まで大学進学するか就職するか迷っていた。

理由は親とお金。

 

①親の価値観

私の両親は2人とも高卒で大学には通ったことがない。

いくら祖父が学費を出してくれてたからと言って、さすがに大学は桁が違くなる。

両親を説得するのが必須の条件だった。

母は「正当な理由」があればGOサインを出してくれるのはわかっていたので、問題は父だった。

 

父は「大学に行って意味があるの?」「どうせ結婚したら大学に行く意味なくなるでしょ」「30歳まで家にいればお小遣いはあげるから勉強しなくていいんじゃない」

などと、いろいろ理由をつけては大学進学を反対していた。

 

最終的に、父は一斉に大学費用を払ってくれなかったので、母の老後資金を使って大学に通わせてもらった。

 

②金銭面

もうひとつがやはりお金だった。

弟が2人いたので、弟には同じように大学進学を心配するような環境にはさせたくなかった。特に歳の近い方の弟は学年1位とか取るくらいには優秀だったので、なおさら大学には行って欲しかった。

 

そこで、就職して大学費用稼いだほうがいいのかもしれない。

どうせ、結婚すれば頭の良さは関係ないだろう。

とか、高校生活はずっとお金と将来で悩んでた。

 

 最終的に進学を決意

結局、どうしても勉強したくて大学進学を決意した。

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お金は、母が単純計算してギリ3年分は出せると思う。ということで、

日本学生支援機構奨学金と自分のアルバイト代をかき集めて、

大学に通うことが決定した。

(のちに、国立大学に編入することになるのでギリギリ足りそうです)

 

日本学生支援機構奨学金を申請するのに、初めて親の給与明細みることになるんだけど、窓口に提出するのが恥ずかしくなるくらい年収が低かった。

 

 

大学入学してからが大変だった

入学してからは毎日バイトに明け暮れた。

実際、バイトは3つ掛け持ちしていて、授業もフル出席。

ただでさえGISはすべて英語+課題多いのにもかかわらず、深夜1時までバイトして通学往復4時間。課題が終わらずに2日くらい連続徹夜とか当たり前だった。

 

そんなことをしていたら、当然体調は最悪。

バイト中にトイレに駆け込んで吐いたり、生理も止まって、クラスメイトには顔面蒼白を心配される日々。

 

それでも、勉強は毎日楽しくて大学に通えてありがとう!って気持ちでした。

 

 

自主休講とか言って大学休んでる学生よ。

もう少し親に感謝しろ。

 

子どもが大学進学したい保護者の方へ

お金がないないって子どもに言ってる親御さん。

想像以上にその言葉は子どもはプレッシャーです(でした。)

 

すごくストレスです。

 

お金がないのは子ども(わたし)のせいじゃないし、

 

諦めて欲しいなら、しっかり言葉にして伝えてくれた方がまだマシです。

あなたのお金が出せない責任を子どもに押し付けないで欲しい。

 

お金がないないって言うくらいなら、どうしたら進学してもよいのか条件を出してあげてください。それか一緒に考えてあげてください。

 

私は、父親が学費を払うのを拒否したので、母と祖父母と一緒に考えました。

通帳を見せてもらってどれくらい貯金があるのか、どれくらい進学するのに費用がかかるのか。きちんと4年間通えるのか。通えないなら休学して働いたらどれくらい補填できるのか。奨学金は申請できるのか。

 

 

わたしは、大学に進学させてくれた母と祖父母には数十倍にして返す予定です。

大学はそれを可能にしてくれる選択肢でもあると思っています。

教育は投資です。

倍になって返ってくることを信じて、投資してほしいなと思います。

 

 

地方と都会の就活

今回は、自分が実際に体験した地方と都会の就活の違いについてレポートします。

 

[振り返り]

法政大学 1年次&2年次


北海道大学 3年次→現在休学中

こんなかんじで、東京のイケイケ合コン大好き女子大生から最北端地方大学生となりました。

 

実際に3年次の就活時期を過ごして感じたことを書きます。

 

就活準備【3年生】 都会と地方学生の違い年表

【都会】                     【地方】
4月:年度初め
春休みくらいから意識し始める
長期インターンシップを始める子がちらほら      就活の「し」の字もでない

 

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6月:インターン解禁
みんな応募してる(大手ばっかり)      インターンシップに応募する学生                                                                                  としない学生で2極化していく
ある程度業界を絞ってる           就活積極組は就活ガチコミュニティに                                   

 

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7月&8月:夏インターンラッシュ
激戦区東京で猛者どもと戦う(VS早慶たち)    大手の企業は北大生しかいない
東京開催の企業が多いため行きやすい        関東とか遠い(飛行機乗らな      

                                いといけない)   

 

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9月:夏休み明け情報交換
各自情報をシェア                  就活してるやつが少ないから     

                              話題にするならない

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12月:冬インターン
夏に行けなかったところに行ってみたりする      雪で鎖国し始める。
外資志望のやつは内定もらってる           年末年始、航空券高い。宿泊費も高い。
                          自費の企業はあきらめよう。

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3月:就活解禁                   

 いっせいにスタート                何からしていいかわからない

慣れてるから余裕                  ゲームでもして現実逃避

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完全に地方学生は就活に乗り遅れます。

環境って大事ですよね、、、、、

みんながやらないと自分もやらない。

人間の性質ですよね。

 

20卒21卒の諸君。

早いうちから都会の人脈を作ることをおすすめします。

ペースメーカーは大事です。

 

留学準備〜健康診断〜

ボタモです。

今日は健康診断について書きます。

 

大学が決定して、健康診断の要請が来ました。

 

 

この健康診断が大変なんですよ。

 

 

なんせ、薬物検査とマラリアの項目で断られ続ける。あーむかつく。

 

 

札幌の病院では一件もやっていません。

おい。おい。おい。

一件くらいあってもいいじゃんか。

 

 

なんか大学付属の病院でできないこともないらしいけど、難しいからっと言われ断られました。

 

 

札幌のみなさん、残念!!!!

 

 

 

なので、私はトビタテの二次面接受けに行くついでに東京で受けてきます。

 

親知らずの抜歯

留学前にぜひやっておきたいこと。

 

それは歯の治療である。

 

 

留学中に虫歯が悪化したり、親知らずの鈍痛で苦しんだりしないように、、、

加えて、海外の歯医者でお世話になることにより、高額の治療費を請求されることのないようにするためです。

 

女性の方は妊娠中は歯の治療できなかったりするので、将来的にもプラスなのでは!

 

 

そんなボタモは今日は親知らずを抜きに行ってきました。私が通っている歯医者さん、とっても腕がよろしい。そして、患者さんへの気づかいが神ってる。

 

ちなみに数ヶ月前にはインプラント手術をこの歯医者でしてもらいました。←虫歯で20代にして歯を一本失っております。

 

 

そんなこんなで、腕を信頼できるんですけど、やっぱ親知らず抜くの怖いやん、、、

ドキドキです。

 

ちなみに今日は左下の横向きに埋まっている親知らず。

いざ、抜きまっせ!!

 

 

麻酔をかけ、まず歯肉を切り、そして歯を露出させ、横向きの歯を切り刻んでいきます。

 

結局、3つに分割で取り出されてました。

 

 

その間の痛みはというと、、、、、

 

 

 

ナッシーーーーング!!!

 

 

まったく痛くなかった。とりあえず、グリグリされてたけど、痛くはない。

 

 

そして、糸で縛って、その後はガーゼを噛んで止血します。

その間も痛みはない。

 

 

 

しかし、帰りぎわに鈍痛が、、、

ズキズキ泣

 

 

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はやめに薬飲んでおこう。

 

 

 

でも、どんどん痛くなってくる泣

 

 

 

 

結論。

麻酔切れると転げまわるほどじゃないけど、普通に痛いです。

 

 

薬を飲み、このまま寝ます!

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そして

抜歯から2日経ちました。

 

 

 

まったく痛くありません!!

 

人間の再生力ってすさまじいですね笑

 

抜歯当日にグジュグジュペッではなく、水を口に含んで吐き出したら血餅が取れました。

 

ドライソケットになってしまう汗

 

と、焦りましたが、なんてこともなく、いい感じに塞がったみたい。

当日ぐらいなら血餅取れても大丈夫なんですかね。

 

ドライソケットになると2日3日目あたりでも痛いみたいなので、セーフ。

 

 

抜歯に苦しんでいる間にトビタテ留学Japanの8期、1次試験通過しました。

 

次は2次面接ですね、、、、

 

法政GISは英語ができなければならないのか。

 

 

1)法政GISとは

 

今回はボタモの前大学である法政大学グローバル教養学部。通称、GISについて書きたいと思います。

法政GISといえば、授業も全部英語で帰国子女だらけでやべー学部。とか、法政の看板学部とかとか、早稲田の国教落ちが来るんでしょとか
いろいろ言われてるわけですが、本当のところどうなのか書いて行こうと思います。


実際に、GISについて書く前にボタモのスペックのおさらい
・日本で育ち日本語で学習してきた純ジャパ
・英語は日常会話レベルくらい?リスニングが死ぬほど苦手
・日本で求められるリーディングとかの英語はそこそこ。センター170くらいだったよ。
・留学したいとは考えていたから外国に憧れはあったかな。


まあ、私が入学した当時は100名生徒がいて、その中で純ジャパは2-3割しかいなかった。そんなこんなで苦労の絶えない2年間がスタートします。

 

ボタモが2年間通った法政GISに対して感想を書いていきます。

あくまで、2年間しか行かなかったし個人的な感想なので、下の過去記事のボタモのスペックも踏まえて参考にしてください。

 

2)どんな人が入学しますか。

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ほとんど帰国子女です。

わたしの時は、1年前後の留学経験者+帰国子女が7~8割占めていました。

きちんと、数えたわけではないですが、そういわれていました。

ハーフも割といます。(ハーフ会あるらしいですし)

中国国籍や韓国国籍で正規入学している子もいます。

 

そんな中、私は純ジャパ。


ちなみに純ジャパとは、帰国子女もしくは1年前後の留学経験者<以外>を指します。要するに、日本でしか英語教育を受けて来なかった人。純ジャパの定義は各大学で異なるらしいのであくまで、上記のように定義しときます。

 

みんな英語ペラペラです。

 

3)英語が話せなくても大丈夫なのか

 

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ぶっちゃけ英語話せないと入学当初、鬱になります。周りが当たり前のように話すのでプライドがべっこべこにつぶされます。GIS入る人って、普通の学校内で上位の英語成績だったり「英語すごくできる人」だと思います。私の純ジャパ友達も学年1位だったわーとか言ってました。私も学年じゃ良いほう。それゆえに帰国子女のペラペラ感に圧倒されました。

入学したばかりの時は毎日友達と「なんで入学したのだろう」と絶望に浸っていました。

 

そんなんでも、うまくやるんですよ。てか、鍛えられる。今でもそうなのかわからないですが、入学してクラス分けされるときに純ジャパクラス的なところで修行します。修行というか必須科目の担当が鬼だった泣

そこで、教師に徹底的にwriting指導されます。あまりのつらさに徹夜とか当たり前(もっと前から書き始めろよ)で、苦行ゆえに仲間意識が芽生えクラスが仲良くなります。

 

めっちゃ力つきます。


4)授業はすべて英語ですか。

 

授業はもちろんすべて英語です!とか言いたいけど実は数科目だけ日本語でとれる。

1年生で取れる日本語の科目は、キャリアデザインという全学科目(前期後期あり)と、語学(中国語、フランス語、スペイン語

語学科目は週2で1コマは英語で教えられるとか、、、

週2も受けるくせに、私の下の代から各1単位にしかならなくなったみたいですね、、

 

2年生もキャリアデザインみたいな科目が履修できます。

あとは、ESOPという留学生と一緒に受ける授業とかも取れるようになります。ちなみに、ESOPは英語での授業だけど、日本のことを勉強したりするので楽です。

 

3年生からは自由設計科目で他学部の授業(日本語だからさ)をとって、単位とったりしてるみたいで、上手くやります。

他学部の圧倒的なイージー感は、うらやましいですね笑

 

5)授業はどんな感じですか。

厳しいですね。

欠席2回したら、単位を落とします。

 

加えて、少人数制なので休むとすぐばれます。

少ないと毎回出席取れるからね。

先生も生徒の顔覚え始めるし(笑)

 

基本的には

出席(20%)+プレゼン OR テスト OR エッセー(80%)

で、評価されていました。

 

全体的にReadingの宿題が多いかもですね。

 

 

6)まとめ

結果的に英語が話せないけれどどうにかなりました。しかし、ほかの大学生に比べたら毎日学校に行って勉強して、いわゆる遊び呆けることは難しいかなと。

バイトもサークルも私はやってたけど、周りはやってない人も多かったなと思います。

 

純ジャパは確実に苦労します!!しかし、本当にあなたの努力次第です。

仲間に恵まれるのも、通学中は英語教材聞くのも、先生に頼るのも

 

努力している人にやさしい学部だなと思います。

 

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  [ボタモ] 
  好奇心旺盛な大学4年生。(休学中)
  法政大学GISから北海道大学へ3年次編入。
  トビタテに合格し1年半マレーシアへ留学。
  
  思いきって、2年間の休学を選択。
  マレーシアでは着物×ムスリムをテーマに、着物を広める活動をします。
  起業も視野に入れつつ活動中。

 

 

 

成田少年の翼について

 

今回はわたしがお世話になった「成田少年の翼」について書こうと思います。

マイナーでターゲット層も縛られると思うけど、きっかけをくれた&同じように参加してくれる人が現れてくれることを願って書いていきたいと思います。

 

1)成田少年の翼について

 

成田少年の翼は千葉県成田市で行われている国際交流事業です。

主催は一般社団法人成田青年会議所で、後援団体は成田市成田市国際交流協会成田市教育委員会としっかりした事業です。

 

主な取組は小中学生を連れて、成田市姉妹都市を訪問し異文化交流や体験活動を通して、子供達の成長を目指します。

 

ざっくりいうと、

青年会議所のみなさま(会社等を経営している地元の大人)

通称、スタッフさん

 

②リーダーと呼ばれる、18歳以上の大学生もしくは社会人8名

(私は、ここのポジションで参加)

 

①スタッフさんたちと②リーダーが半年間一緒になって企画を作り上げ、32人の小中学生の成長を助け、最終的に1週間くらい海外行きますよっていう事業です。

 

 

 

2)歴史

 

 

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始まりは1985年からで、今年で33回目を迎えます。
詳しくは公式ホームページを見てください。


このように、長きにわたって続いてきた国際交流事業です。
実際に歴代のアルバムを見ると、自分のクラスの教育実習生や、友達のお兄ちゃんだったり、塾のアシスタントをやっていたお兄さんだったり、年代が近くなると自分の先輩だったりが、私と同じようにリーダーをやっていたことに気づいた。
(これに気づいたのが全部終わった後なんだけどね笑)

次の年に、リーダーを見に行ったら、自分の同級生と後輩ちゃんが参加してたり、、、

自分の周りの人がいつの間にかリーダーをやってるってことが普通にある。



自分がリーダーをやってるときは、「30数回も同じことやって自分のとこまで来たのか」としみじみ思ったけど、気づいたら歴史の一部になってた感。なんだかんだで無事に終わってくれてよかった(笑)

リーダーをやってる時は「自分の代で終わらせちゃダメだ。」っていうプレッシャーはもちろん、「自分たちの代が歴代で一番だ。」くらいの気持ちでやってたなー。
でも、どれを重視するかってみんなバラバラだから、全員で同じ気持ちで同じベクトルでって難しかったな。

3)仕事内容

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 翼の仕事内容を紹介したいと思います。
主にリーダーがどういったことをやるのかを紹介します。


参加前のイメージは結構ざっくりしてて、
海外行けて、子どもと遊べていいなーくらいに思ってた。
あわよくば、就活の時にボランティアとして話せるし笑

少年の翼
そんな幻想は打ち砕かれるわけだけど笑


実際にリーダーに採用された後に行った主な仕事は、
①リーダー研修に参加(2月〜5月)
②会議(5月〜8月)
③子どもたちのための研修(全5回)
④海外研修(ニュージーランドに1週間)
⑤アルバム作り

 

①リーダー研修に参加(2月〜5月)



リーダー研修は、全部で5回あります。私の時は第1回と第5回が1泊2日で、あとは1日のみの研修でした。だいたい朝9時くらいに集合して17時くらいに終わる。

この研修の目的は、リーダーとして足りないものに気づいたり、リーダーの自覚を養ったりすることを目的としています。(多分、、、)
実際に毎回テーマがあって、リーダーってなんだろうとか考えたり、自分を振り返る時間になりました。
あと1番大切なのは、仲間との絆を育む良い時間。なんせ、18歳から20代の社会人までいろんなやつが8人も集まれば、遠慮だったり、合わないなとか、様々なことを感じると思います。

このリーダー研修でどれだけ壁をなくして、意識のベクトルを同じ方向に持っていけるかが大切だなっと。
実際はそんなこと考えて研修受けてな買ったけどねー笑
でも、仲良くなることは意識してたと思う。
そんなこんなで、1番楽しいリーダー研修が終わる頃には、団員が決定する。

②会議(5月〜8月)


この会議が1番重要であり、大変である。
だいたい毎週集まって、③の子どもたちの研修を必死に考える。でも、8人もいると全然まとまらない。

ぶっちゃけ、適当に1つにまとめるのって簡単だけど、本気でやるとマジで難しい。

特に5月に会議を始めた時は全然バラバラで、どうしていいのかわからないし、遠慮もまだあるし大変だった。

でも、5回の研修で子どもたちの成長を狙うと本気で考えないと、、、、

会議は8月のニュージーランドまで続くんだけど、これが毎週集まって、ゼロからやり直しもあり、夜に電話で話し合って、今思えば青春してる笑

 

③子どもたちのための研修(全5回)


会議で案を練って、スタッフさんからOKもらえたものを、やっと形にするのがこの研修。

なによりもリーダーの中心にあるのは『子どもたちの安心と安全』

道路歩く時とか、車通る時とかは神経使って安全優先。研修前に全部スケジュールを確認するのはもちろん、要所要所でお互いに声をかけたり、相談したり。

休憩の時間もリーダーは休憩じゃなくて、少しでも実りあるものにするために、準備したり、子どもたちと話したり、休む時間は全くないような、、、、
でも、1ヶ月に1日だけだから、頑張れる笑
そして、なによりも子どもたち、かわいいしね!

毎回の研修が終わると反省会をするんだけど、上手くいかなかったり、後悔とかが出てくる。しかも、リーダー同士で不満とかもあって、泣きながらケンカしたり、、、

大人になって、これだけ一生懸命できるってなかなかないなっと。

 

④海外研修(ニュージーランドに1週間)



最後の集大成が海外研修。

初めて飛行機乗るリーダーがいたり、子どもたちも飛行機初めての子が多いから、飴を持っていったのは覚えてる笑

5回の研修が終わって、少し成長した子どもたちと一緒に1週間行きます。

ニュージーランドの高校に見学いったり、ホームステイしたり。
謎に夕飯食べた後に催し物やったり、マオリ語習ったり、楽しかったなー

結構ハードスケジュールでみっちり組んであれんですよね、、、、大変だったな。


いろいろ緊張感ありつつ、楽しみつつ、やっと帰国してとりあえず終了です。
解団式とかあったけど、解団式の日程は代によりけりなので、省略します。

 


⑤アルバム作り(全部終わった後)

 


全部終わると、何ヶ月か後にアルバム作りのために収集されます。

アルバムは参加者に配るため、気合い入れて作ります。久しぶりに見返して、懐かしいなーとか言いながら、和やかに作っていきます。

完成したアルバムを先日もらい、やっぱ懐かしいなーとか言いながら酒の肴にしました。


こんな感じで、リーダーのお仕事紹介は以上です。

 

 


ぜひ、楽しいし、成長できる少年の翼リーダーになってみてはどうでしょう!?



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  [ボタモ] 
  好奇心旺盛な大学4年生。(休学中)
  法政大学GISから北海道大学へ3年次編入。
  トビタテに合格し1年半マレーシアへ留学。
  
  思いきって、2年間の休学を選択。
  マレーシアでは着物×ムスリムをテーマに、着物を広める活動をします。
  起業も視野に入れつつ活動中。
  
  




 

 

 

ボタモが今考えていること

こんばんは。お久しぶりのボタモですよ。

 

そろそろ大学編入から1年経ち、来年からはマレーシアに留学します。

まーぼちぼち奨学金の結果も出てきてソワソワしてます。

奨学金は受かったらチョロチョロ書こうかなと。

 

現在考えている今後の計画はこんな感じ!!

 

春休みを利用して2ヶ月間フィリピンの語学学校

東京に4ヶ月間インターン

夏からマレーシアSunway大学にてマーケティングを学ぶ 10ヶ月

マレーシアでインターン5ヶ月

12月から日本で就活。海外で働く可能性も視野に入れつつ

 

って感じの2年がかりです。

2年も休学とかめっちゃ不安だし、大学卒業するの24歳だぞ!?

本当に自分の選択肢が正解なのかわかりません。

卒業するの東京オリンピック後だしさ。2021卒ですし。

 

 

弟がこのまま留年せずに卒業したら、同じ年度に卒業して同期で同じ会社で働いてやろうとか野望を、、、

ブラコン発揮する寸前w(弟も休学予定だから同時はあり得ないんだけどね。)

 

話それたけど、なんで2年もするのか。

そもそも高校時代から、大学に入ったら留学したかった。

高校時代は親の管理下だからね、やっぱりお金だったり危ないとか言われて無理だなーって。今回の留学も高校時代から説得し続け、プレゼンして少なくとも留学・休学しても損ないよーって言い続けた。

 

なんで2年なのかつらつら想いだけを書き連ねると、

①大学時代にあれやっておけば良かったとか後悔したくない。

②みんなが何となく就活してるのを見て、人生1回分を妥協したくないとか思っちゃう。

③せっかく休学費用タダなのに休学しないとかもったいないな。

(④このまま就職したら、今度は結婚結婚言われるのは知ってるさ。一人で生きていける職に就いて誰にも何も言わせない。)

 

結局、ワガママですよね笑 

こんな感情論だと、説得できないのもわかってます。

 

だから、どれだけメリットがあるかを説明しました。

(あとは、弟が大学を機に弾けてくれて、それで親の心配が弟の方に向いたのもありますね笑)

そんな調子で北海道にいるのも残り2ヶ月。